金谷さおりブログ きみのゆめ農園

Saori Kanaya Private Blog

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【自閉症児の育児】魔法の言葉

「どうしたの?」
このひとことが魔法の言葉だと気が付いたのは、私が知的障害者施設で支援員をしていた時のことでした。

利用者さんが、自分の気持ちを伝えることができずに困ったとき。
何か不快な感覚があって怖くなったとき。
目の前で起こっている出来事に理解や納得ができなかったとき。
様々な場面で、大きな声を出したり、走り回ったり、物を投げたり…。
してはいけない反応をせざるを得ないことがあると、「ダメ!」「やめなさい」と叱ることもある意味必要な支援です。
しかし、その前にひとこと「どうしたの?」と理由を尋ねてあげることが、一番大切なことだと私は思います。

何が怖かったのか、何が不快だったのか、何が悲しかったのか、何に苛立ったのか…。
その理由を明確にしなければ、根本的な問題を解決することができず、同じことが繰り返されます。
その度に、ただ叱るだけの支援を重ねていても、彼(彼女)らはそこから学習することができません。

施設で働いていたときは、こちらが「どうしたの?」と尋ねても、言葉で理由を説明できる方は一人もいませんでした。
それぞれに、黙り込んだり、泣いてしまったり、自傷が始まったり…。
それでも相手のそばに寄り添って、「あなたの気持ちが知りたいんだよ」という姿勢を見せ続けていると、何かしら通じるものが生まれる瞬間がありました。
「信頼」です。
ただ叱るだけでは、永遠に育めないのが信頼関係なのです。


この支援は、以前私が担当していた自閉症の方が不安定な時期が続いた時に、たくさんの文献を調べたり、精神科医のアドバイスを受けたりしながら、たどり着いた結論でした。

発語がほとんどないその方は、嫌なことや不安なことがあると、独特のフレーズを大声で発しながら手を叩いて怒ります。
訴えたい気持ちを言葉で伝えることができないためこの行動になってしまうのですが、これをするのは多くても月に数度といった程度。
しかし一時期、一日に何度も手を叩いて怒る日が続いたことがあり、ご家庭も私たちもとても心配をしていました。

何が不快なのか原因を突き止めることができず、支援員によって対応もバラバラ。
言動を叱ったり、叩く手を抑えるといった父性的な支援も見られましたが、何かが違っていると私は感じていました。

「あなたが怒っている理由を知りたい。」
それを彼女に伝えるためにはどうすれば良いのか、試行錯誤したなかでたどり着いたのは、叱るでも抑え込むでもなく「どうしたの?」と声をかけること。
私は彼女が怒ったときの対応を、「どうしたの?」と声をかけることに一本化したのです。

怒ったとき、支援員たちがみな「どうしたの?」と声をかけることに対して、彼女ははじめ、きょとんとしていました。
もちろん、言葉で理由を説明するすることはできないし、一瞬落ち着いてもすぐにまた怒り出すこともありました。
それでも私たちは、同じ言葉をかけ続けていきました。

やがて彼女の状態は落ち着いて行ったのですが、それが支援の成果であるのか、彼女自身の成長だったのか、あるいは偶然なのか、判断することはできません。
しかし、以来彼女は、「どうしたの?」と声をかける私に対して「どうしたのー?」と同じ言葉を返すようになりました。
しまいには、何か嫌なことや不快なことがあるたびに私のところへやってきて、私の腕を取り「どうしたのー?どうしたのー?」と訴えるようになったのです。

彼女には何か伝えたいことがあったのだと思います。
あるいは、ただ遊びたかっただけかもしれません。
彼女の気持ちは、その時の表情や声のトーン、体の緊張感で汲み取るしかなく、100%を理解してあげることはできません。
しかし、その時はじめて私は、自分が彼女にとって「自分の想いを知ろうとしてくれる人」として認識されたことを感じました。
「どうしたの?」と声をかけることの大切さを学んだのです。


障害者支援の現場を離れて2年。
利用者のみなさんが教えてくれた「どうしたの?」という魔法の言葉は、今も自閉症と診断されたわが子の子育てにおいて、絶大な力を発揮しています。

小学3年生になり、学校内のサポートルーム(発達障害を持つ生徒の特別支援クラス)に週2時間通いながら、以前よりは落ち着いた生活を送ることができるようになった次男ですが、1年生~2年生の間はなかなか大変な時期がありました。
お友達とケンカをしてメガネを割って帰ってきたこともあったし、授業中に怒って学校を飛び出して道路で事故に遭ったこともありました。
家では赤ちゃんのように甘えん坊なのに、学校では不安定になると大暴れ。
本人はもちろん辛いと思いますが、それを見ていた年子の兄と妹も心を痛めていたはずです。

その時期、私は兄と妹に、こんなお願いをしました。
『(次男は)お友達とルールの考え方が少し違っていて、学校で困ってしまうことがあるから、もしもパニックになってしまったら「どうしたの?」と声をかけてあげてね』

学校での集団生活の中では、先生がしっかりと生徒一人ひとりの声に耳を傾ける時間を持つのは難しいのが現実です。
しかし次男は、目の前の出来事に納得できずに固執が続くと、なかなか次の行動に移ることができません。
すぐに先生には怒られます。しかし、彼は彼で、必ず本人なりの理由を抱えていました。

パニックになった次男に「どうしたの?」と声をかけるため、私や父親が学校に対応に行ったことも幾度となくあります。
休み時間には兄が声をかけに行ってくれたり、校長先生が仕事の手を止めて対応してくれたこともありました。
一時期は大変でしたが、次第に「学校の中にも自分の気持ちに耳を傾けてくれる人がいる」という経験を重ねるにつれて、少しずつですが感情をコントロールして生活を送ることができるようになっています。



「どうしたの?」と尋ねることは、相手の気持ちに寄り添う姿勢を伝えること。
たとえその場にそぐわない行動を取っていても、決めつけず、抑え込まず、相手が何に困っているのかを察しようと努力を重ねることで、少しずつ信頼関係は育っていきます。

とはいえ、理想の姿を描きながらも、まだまだ日常の子育てでは「何やってるの?」「やめなさいい!」「いい加減にして!」と怒りの言葉を連発している未熟な自分…。

親は子どもを見ると同時に、子どもにも見られているという「鏡面関係」にあります。
寄り添う姿勢を大切に、「どうしたの?」と声をかけることを忘れずにいたいものですね。
親として子どもを叱るのは、きっとその言葉の後でも遅くはないのだと思います。